武士は、最初から「日本の支配者」として生まれたわけではない。 土地、家、軍事、主従関係が重なり、やがて幕府という政治制度になった。 明治に身分としては消えたが、近代国家の中で再編され、規律、家意識、忠誠、名誉、国家観の語りとして残った。
武家政権は、土地・村の現場にある争いを、武士、主従制、幕府、朝廷の権威へ接続して処理する構造として読む。
図は、武士を「戦う人」だけでなく、土地支配をめぐる争いを処理する制度の一部として読むための断面図である。
武士を一語で扱うと、時代差が見えなくなる。ここでは地方の武装、主従制、幕府、江戸身分、近代以後の残存に分けて読む。
武士の発生は単純な一因では説明できない。地方支配、荘園・公領、治安、家の自衛、中央貴族との関係が重なり、武装する地方有力者が政治的意味を持っていった。
武士は一つの原因から突然生まれたのではなく、地方支配と中央権威の接点で形成された。
武士は、天皇や朝廷をただ消したのではない。朝廷の権威を利用しながら、土地、軍事、裁判の実務を握ることで、幕府という別の統治装置を作った。
江戸時代の武士は、戦国期の戦闘者そのものではない。平和が長く続く中で、武士は行政、儀礼、家格、扶持、藩への奉公を担う身分になっていった。
平和が長く続くと、武士は戦闘者である以上に、藩を支える行政身分へ変わっていった。
明治維新後、武士は身分制度としては解体された。だが、士族、軍人倫理、教育、家意識、名誉の言語の中に再利用された。
武士は現代日本を考える上で強いテーマだが、最も神話化されやすい。時代差、階層差、近代以後の再解釈を分ける必要がある。