応仁の乱で中心は消え、戦国で社会は流動化した。 江戸幕府はその流動性を、勝利だけでなく制度によって止めた。 大名・朝廷・土地・軍事・身分を固定することで、戦争を起こしにくい社会を作った。
このページでは、江戸幕府を「平和な時代」としてだけではなく、 戦国の流動性を止めるために社会を固定した制度として読む。
戦国時代は、土地・主従・城・軍事力が大きく動いた時代だった。 江戸幕府は、その動きを止めるために、大名配置、石高制、城の統制、婚姻や軍事行動の制限を重ねた。
応仁の乱では、将軍は大名を止めきれなかった。 江戸幕府は、大名を処罰し、領地を移し、家を取り潰す権限を制度化した。 武家諸法度、改易、転封、参勤交代、城の新築・修築制限は、すべて大名の自由な軍事行動を抑える仕組みだった。
家康は天皇を倒さなかった。 征夷大将軍という官職を得ることで、武家支配に朝廷由来の正統性を与えた。 一方で、禁中並公家中諸法度によって、朝廷や公家の政治的行動は制限された。
江戸幕府の制度は、戦乱を防ぐためには強力だった。 しかし社会を固定する仕組みは、変化への対応を遅くする。 前例、身分、家、領地、役職が固定されるほど、秩序は安定するが、社会は動きにくくなる。