江戸幕府は、戦国の流動性を止めるために社会を固定した。 しかし19世紀、海外からの軍事・外交・通商圧力は、その固定された制度を揺さぶった。 明治維新とは、幕府を倒した断絶であると同時に、古い権威と人材を取り込んだ再編でもあった。
応仁の乱で中心が壊れ、天下統一で中心が再統合され、江戸幕府で社会は固定された。 明治維新では、その固定された制度が、外圧と内圧によって再編される。
江戸幕府は、無能だったから倒れたのではない。 むしろ戦国の再発を防ぐために、大名、城、婚姻、軍事、身分、外交を細かく管理していた。
しかし、その固定制度は、19世紀の国際環境には対応しにくかった。 黒船、通商要求、軍事技術差、条約交渉は、国内秩序を守るための幕府制度の外側から来た。 国内を安定させる仕組みが、外圧への即応を遅らせる要因にもなった。
明治維新は、幕府を倒し、藩を廃止し、身分制を大きく組み替えた。 この意味では、大きな断絶だった。
しかし、完全な白紙革命ではなかった。 新政府は天皇権威を中心に置き、旧藩主層、士族人材、行政経験、地域支配の仕組みを再配置した。 古い秩序を一掃したというより、古い権威を使って古い制度を壊し、その上に近代国家を積み直した。
幕府の正統性が揺らいだ時、新政府には全国をまとめるための新しい中心が必要だった。 その中心として使われたのが、長く政治秩序の権威として残ってきた天皇だった。
天皇は、近代国家を上から作るための正統性として再配置された。 廃藩置県、徴兵、税制、教育制度のような全国規模の制度を通すには、地域や旧身分を超える統合原理が必要だった。 明治政府は、完全に新しい理念ではなく、古い天皇権威を近代国家建設に接続した。
明治維新は、外圧や幕府の危機だけで起きたのではない。 幕末の志士たちは、太平記に描かれた南朝、楠木正成、忠義の物語を通じて、 自分たちの行動を「天皇に尽くす倒幕」として意味づけた。
つまり太平記は、過去を語る物語でありながら、 未来の政治行動を生み出す装置にもなった。
明治国家は、江戸幕府、藩、身分制、武士の特権、旧外交秩序を壊した。 その一方で、天皇、旧支配層、士族人材、行政経験、地域支配の知識を取り込んだ。
ここに、日本史ラボの本線がある。 新しい権力は、古い権威を完全に消すのではなく、古い権威を別の役割で使い直す。 明治維新は、江戸を終わらせた事件であると同時に、江戸まで積み重なった支配技術を近代国家へ組み替えた事件でもあった。